北海道の伝説で文化背景に触れる
 『アイヌ民話集』人間の始め
          伝承地:北海道網走北見郡美幌町野崎 出典:日本伝説体系 第一巻北海道・北奥羽 みずうみ書房
   天地を創造した国造神、コタンカラカムイ、が、ほぼ国造りを終えました。
   「やれやれ、くたびれた。」
と大きな山の上に腰を下ろして、綺麗にできあがった世界の上を、目を細くして満足そうに眺めまわしましたが、急に浮かない顔になり、しきりに首をひねって独り言をいいだしました。
   「どこが足りないのだろう。なんだか物足りない・・・。」
いろいろ考えたあげく、傍にいた夜の神に、
   「何かあなたの思いつく物を作ってみなさい。」
と言いつけました。
   言いつけられた夜の神も困って、しきりに首をひねっていましたが、なかなかよい考えも浮かばず、足元の泥を手にすくってそれを大きな手のひらの中でまるめた
りしていました。
   ある時、ふと思いついて傍の柳の木を折って細長く丸めた泥の中に通し、ハコベをとってきて一方に植えてみました。そして、それをそっと土の上におき、死んだ者を生き返らせる力のある、アユギという、扇のようなものでパタパタと扇ぎ始めました。するとどうでしょう、泥がだんだん乾いてきて、人間の肌になり、ハコベを植えたところが人間の頭になってハコベが髪になったではありませんか。
   喜んだ神様は、それに「眠たい」とか「食べたい」とかいう、十二の欲の玉を身に入れると、すっかり完全な人間ができあがりました。
   国造神、コタンカラカムイ、も、この夜の神が創造した人間をたいへん喜びましたが、夜の神が創ったのは、どれもこれも男ばかりだったので、せっかく創ってもだんだん死んで減ってしまいます。そこで、昼の神にも協力してもらって、人間を創ることにしました。すると、昼の神が創ったのは、みんな女だったので、人間はだんだん増えるようになりました。
   人間の男の肌が黒いのは、夜の神様が創ったからで、人間の女の肌が白いのは、昼の神様が創ったからです。また、人間が年をとって腰が曲がるのは、老木になると曲がる柳の木を背骨にしたからなのです。
   こうして人間をうまく創り終わったので、夜の神も昼の神も、国造神、コタンカラカムイ、にほめられて、天に昇って太陽と月になったということです。
 『アイヌ民話集』人間の始め
          伝承地:北海道日高日高郡三石町幌毛 出典:日本伝説体系 第一巻北海道・北奥羽 みずうみ書房
   世界を創った国造神が、人間を創る時、何で創ろうかと神々に相談したところ、
   「石で造ったらよかべ。」
という神があったが、
   「石で創って、もし壊れたら、修繕がきかないからだめだべ。」
と反対するものがあった。
   それでは何で創ろうかというので、ああでもない、こうでもないと散々もめたあげくに、ハルニレで創るべということになった。
   ハルニレとは、国造神が世界を創る時に使った鍬のことでタツカともいい、国造神が天にもって帰るのを忘れてしまったものだ。それを放っておいて、ただ腐らしたのではもったいないということで、この木にしたのだった。
   この木は曲げてもなかなか折れないし、枝や根を少々切られても容易には枯れないから、これで創ったら、なかなか病気もしないし、生命も長いからよかっぺと言って、これで創ることになったのだと。
 『猿払村史』コロポックル
          伝承地:北海道宗谷宗谷郡猿払村 出典:日本伝説体系 第一巻北海道・北奥羽 みずうみ書房
   コロポックルという小人達は、アイヌが移り住むようになるずっと昔から、ここ宗谷で暮らしていたという。彼らは宗谷の沿岸に岩むろや草むろを作り、川や海の魚を漁り住んでいたという。
   コロボックルには、アイヌに対して二つの掟があった。一つは、絶対に姿を見せないこと、そしてもう一つは、川や海で獲った魚はアイヌにも分けることの二つである。その掟を守り、小人達は、姿を現さないないように、深夜、そっとアイヌ民家の窓下や入口に魚を置いて行ったという。
   ところが、コロポックルに好奇心を持ったあるアイヌの若者は、コロポックルの姿を一目見ようと毎晩待ち伏せするようになり、ある晩、ついにコロポックルを捕まえてしまった。小人は一メートルそこそこで、顔に刺青をし、半裸の両腕はたくましかった。この異様な姿を見たアイヌの若者はとても驚き、腰を抜かしてしまった。
   このことがあって以来、コロポックルは魚をアイヌの家に届けることをしなくなり、コロポックルの行方はようとして知れなくなった。コロポックル達はアイヌの仕打ちを恐れ、何処へか逃げ去ったのである。
 『アイヌの昔話』月の中の人の起源
          伝承地:北海道日高沙流郡平取町荷菜 出典:日本伝説体系 第一巻北海道・北奥羽 みずうみ書房
   私は、童子に水を汲ませようとしたが、どうしても嫌だと言うので、どうしようもなかった。童子は、炉縁の前にある台木を火箸で叩いたり、つついたりしながら
   「羨ましいなあ、汝は台木だから、水など汲まずにすむんだ。」
と言い、また、炉縁をつついたり、叩いたりしながら、
   「羨ましいなあ、汝は炉縁のことだから、水を汲まずにすむんだな。」
と言った。戸口の所に行って、戸口の柱をつついたり叩いたりしながら、
   「羨ましいなあ、汝は戸口のことだから、水を汲まずにすむんだな。」
と言った。入口小屋の所まで行って、
   「入口小屋の戸口の柱は羨ましいな。入口小屋の戸口の柱は水など汲まずにすむ
   んだな。」
と言ってつついたり、叩いたりしていた。
   童子はそこから川端へ下りて行った様子だったが、いくら経っても帰って来そうもなかった。私は、童子を探しに、川端へ下りて行ったが、姿も影も見えない。私が川伝いに下っていくと、真っ先に、イトウ(サケ科の魚)の群れがやって来るのに会った。
   「汝等は、童子の姿を見かけなかったかい。」
と言ったところ、イトウ達は、
   「私たちは童子のいる所を知ってはいるが、言うまい。私たちが人間の所へ行く
   と、人間達から、いつも―大口め!大口め!―と言われるのが癪だから、教えて
   はやるまい。」
と言って、上っていった。私は、また下っていくと、マスの群れがやって来た。
   「童子を、汝等は見かけなかったかい。」
と訊くと、マスたちは、
   「人間の所へ私達が行くと、―肉腐れ!肉腐れ―!と言われるのが癪だから、童
   子の行った所は、知ってはいるが教えまい。」
と言い捨てて、そのまま川を上って行った。私は、川を下っていくと、サケの群れ
に出会ったので、
   「童子を見かけなかったかい。」
と訊ねたら、
   「私達が、人間の所へ行くと、人間達はいつも、―神魚よ!神魚よ!―と呼んで
   くれるのが嬉しいので、童子の行った所を教えてあげよう。童子はあんまりもの
   ぐさなので、神様から罰せられて、手桶を持って、月の神の所で立たされている
   んですよ。あれ、御覧なさい。」
と言ったので、私は頭を上げて、そちらを見上げると、なるほど、その言葉の通り
童子は手桶を持って、月の中に立っていた。
これからの人間達よ!
これを教訓として忘れるな。
空っ骨をやんではいけないぞ。
骨折りを惜しんではならないぞ。